☆スペシャルインタビュー
『山梨からイノベーションを起こすヴァンフォーレ甲府
~SDGsが照らす新たな経営モデルへの挑戦~』
2021年4月30日に「ヴァンフォーレSDGs宣言」を行ったヴァンフォーレ甲府。これまでの取組みの経緯と内容、そして今後の抱負や展望等について、躍進し続けるヴァンフォーレ山梨スポーツクラブの代表取締役社長である佐久間悟氏にお聞きしました。
◇これまでの取組みの経緯
ヴァンフォーレ甲府のSDGsは、推進マネージャー兼チーフの澤田陽樹さんが中心になって担当してくれています。彼は、京都大学卒業後に三菱商事に入社し、台湾やドイツでの駐在と欧州企業に勤務経験がある方です。その澤田さんが数年前に2030年に向けて、スポーツ界から発信する「持続可能な開発目標(SDGs)」等について、お話を伺う機会がありました。
この取り組みは、今後、持続可能な世界と社会の構築に重要な基盤になるということ、特に、スポーツクラブを通じて社会に良い影響を及ぼすためのプログラムを意識して活動を始めていると説明を受けました。彼は、三菱商事を退社後、一般財団法人グリーンスポーツアライアンス(GSA)の代表理事を務めており、スポーツを通じた社会づくり・地域づくり等への投資に対する知見と経験を持ち合わせていました。
また、その活動は、ヨーロッパやアメリカでは既に始まっているということで、彼曰く「ヴァンフォーレ甲府は地域に根差したクラブなので、その優位性を活用して地域に新たな影響を及ぼすような取組みをしたらどうでしょうか」という提案を受けました。
私は、「澤田さん、ヴァンフォーレ甲府は、山梨県の小さな市民クラブであり、予算規模も本当に厳しい中で頑張っているだけなので」とお答えしました。また、クラブは、過去に存続の危機を経験したことや危機を乗り越えることが出来たのは、クラブの選手とスタッフが積極的に地域貢献・社会貢献活動を行ったことが功を奏して、結果として、多くの方々がクラブを応援するという流れが出来たことが発展と成長に繋がったと説明しました。
ヴァンフォーレ甲府は、現在でもJリーグの中で、地域に根差したクラブの代表格ですが、逆に最大の強みが地域密着であるがゆえ、大きなスポンサーがつきにくい面もありますが、1つの大企業、いわゆる責任企業が頑張って支えるということではなく、皆で応援しよう、皆で共に支えよう、というようなクラブの強みであるとも伝えました。
しかし、他方ではJリーグとヴァンフォーレ甲府を取り巻く環境でいうと、人口減少や少子化問題は根深く、山梨県全体の経済力が低下しつつある現状の中で、民間企業も都市部への権限移譲と予算の集中が加速することによって、クラブを応援して頂く資金低下に繋がるということもあり、澤田さんを含めてクラブスタッフと十分に話し合い、新しい時代においては、これまでの地域貢献・社会貢献活動等を超越した、地域の社会課題解決に向けて活動をする必要がある。
つまり、ヴァンフォーレ甲府の取組みは、企業や個人に対して、地域社会に影響を及ぼし、人々の行動変容等を含めて、人々をつなぎ幸福をもたらす存在になるというクラブの理念を十分に意識して、従来の地域貢献・社会貢献活動等に何か付加価値を付ける「新たな経営モデル」にすることができればと考えて取り組みを始めています。
◇「エコスタジアム」という環境への取組み
ヴァンフォーレ甲府では、「エコスタジアム」という環境への取組みを長きにわたり行ってきました。勿論、現在も活動は継続していますが、公式戦のホームゲームでは、スタジアムの中に缶や瓶を持ち込むことは出来ません。持ち込む際には、紙コップでビール等の飲み物を持って入場することになりますが、使い終わった紙コップは、その後ゴミになります。
そのゴミを減少させることを目的にリユースカップの導入を図っています。その取組みを一緒にやって頂いている認定特定非営利活動法人スペースふうさんは、活動の見える化・可視化をして頂いていました。例えば、1年間でこれだけのリユースカップを使いました。
この量を紙コップにした場合は、何本の杉の木の伐採を削減したのかに繋がり、しかも、その杉の木が二酸化炭素を吸収して新しい空気を循環させる何万本に相当します等、数値化したものを毎年情報発信して頂いていました。それを見た澤田さんが「これは素晴らしい、可視化をしようとする関係者の想いが見えるし、コツコツと長期的に取組むカルチャーがある」と。
リユース導入の切っ掛けは、Jリーグからでしたが、「多くのクラブは活動が面倒だ」ということを理由に止めてしまいました。しかしヴァンフォーレだけは、コツコツとやり続けたこと、そしてそれを可視化出来たこと、実際にリユースカップの導入前の試合後のスタジアムは、ゴミの山でしたがゴミの量がドラスティックに減少しました。
ただし環境への取り組みも最終的にはエコがエゴになって、面倒になってしまう場合がありますので、ヴァンフォーレサポーターの皆さん達は、クラブがそういうことに貢献しようとしているのだから、我々サポーターやスポンサーも一緒に協力して応援しようとなりました。
また、この活動にもスポンサードして頂く等の好循環にも発展しました。つまり、我々が信念を持って取り組んだ社会課題の克服に対して、コツコツと愚直にやり続けたことが、皆さんからの賛同も得られて、最終的には可視化したものをホームページで発信することに繋がりました。
◇COP24での発表と国連での発表&数々の賞を授与
もう1つ澤田さんが私たちに着目をしたのは、「このカルチャーを世界の文脈で可視化しましょう」と。「今度、COP24で、国連が掲げた目標に対し、スポーツ団体がみんなで連携をして脱酸素への取組みを宣言することが予定されています。ポーランドのカトビッチェという所で行われますが、其処に参加しませんか?」と。
つまり、「自分たちからアクションを起こして、活動を発表しては如何でしょうか」と言われました。私は「ウチみたいな小さなクラブは相手にされませんよ、無理ですよ」とお断りをしましたが、最終的には、申請が承認され会場にご招待を受けました。COP24の会場では、サーフィンのアメリカ代表が、サーフィンをするために海の海洋汚染をどうやって協力していくべきなのか。
コロンビア女子ワールドカップ代表チームが貧困にあえぐ女性がスポーツを通じて女性の地位向上に繋げられないのか。等、各スポーツ団体からSDGsが掲げる目標に対して様々な発表が行われました。私は、アジアのサッカークラブとして、また日本人として初めて、英語も話せないのに頑張って英語でスピーチしました。
それが切っ掛けとなってNHKの全国放送のニュースで取り上げられました。そのNHKの番組をたまたま当時の小泉環境大臣が見ておられて、「スポーツクラブがこんなことをするのか、これは凄い」ということで、環境省から「ヴァンフォーレ甲府の取り組みを教えて欲しい」との連絡を頂き、その後は、同省と様々な取組みをさせて頂きました。
そして、話題が連鎖したことによって、日本財団の海ゴミゼロアワードでも金賞を受賞させて頂きました。ヴァンフォーレ甲府のエコスタジアムがこのように高いご評価を頂いたのは、東京都市大学の伊坪徳宏教授のお陰であると言っても過言ではありません。伊坪教授は、もともと澤田さんと友人関係にあり、CO2の排出量の算出をするインベントリ評価の日本の第一人者です。
伊坪教授は、ヨーロッパを中心に世界基準になりつつある評価を駆使して、一つの企業、一つの団体、そしてまた一つのイベントにおいて、温室効果ガス、いわゆるCO2がどの位排出されているのかを算出します。例えばヴァンフォーレ甲府が1年間リーグ戦を行いますが、J2では、ホームゲーム21試合が行われます。その試合には、関わる多数の人々(選手、サポーティングスタッフ、サポーター等)が行動等によって排出されるCO2を算出します。
このインベントリ評価を環境省と日本財団が高く評価されたことが大きな評価に繋がったと思っています。皆さんからは、「小さな市民クラブが頑張っている」と高い評価を頂いていますが、ヴァンフォーレ甲府のインベントリ評価は、所謂「スコープ3」に相当するものであり、日本においては、超一流企業が取り組んでいることに相当することを行っています。
◇SDGsを通して、社会課題に挑戦し続ける
その他のSDGsに関係する取り組みは、4K「教育」・「環境」・「国際交流」・「健康」について一般社団法人ヴァンフォーレスポーツクラブと一体となって活動を展開しています。
現在では、経済産業省の関東経済産業局からご支援を頂きながら取組みを行っています。また、ヴァンフォーレ甲府では、昨年新たに中期計画を策定しました。この中期計画では、「ヴァンフォーレ甲府は、人々を繋ぎ、幸福をもたらす存在でありたい」という理念をもとに、Connect&Reskill 「時代に即した武器を持つ」をキーワードにして、Beyond Football Club「フットボールクラブを超えた存在になる」に基づいてクラブは前進しています。
山梨県は、他県と比較しても成績優秀なスポーツ選手が多く、これらの子供たちには、特にスポーツを通じて社会哲学を養って欲しいと思っています。また、同時に、ヴァンフォーレ甲府というクラブの存在が、自己肯定感を高めることに役立って欲しい。
大いに自信を持ち困難に立ち向かってもらいたい。今の時代は、本当に難しい時代になり、精神的にはタフである必要があります。
ヴァンフォーレ甲府としては、引きこもりや精神疾患に陥った人たちにも寄り添って、学校体育の変革期を捉えて、もう一度子ども達の教育について地域と一体となって協力をする必要があると考えています。時代は、サスティナブルだと言われますが、私は、人づくりが究極のサスティナブルだと考えています。今日本では、大学の研究費もどんどん削減され、優秀な若者が多数海外に流失しています。
地元の国立大学である山梨大学とは、医学部のグラウンドをお借りしているという関係もありますので、様々な連携と協力を図って、若者が地元に留まるように努力したいと考えています。
間接的にはなりますが、地域教育にも人づくりにも町づくりにも、ヴァンフォーレ甲府が掲げるSDGsの考え方を浸透させ、日本で山梨のこの地域にしか出来ないようなオンリーワンの活動を展開することが出来ればと考えます。
リユースカップ・就労支援施設が担当 (写真提供 ヴァンフォーレ甲府)
シニアわくわく運動教室 (写真提供 ヴァンフォーレ甲府)
◇今後の活動と展望について
「国際交流」の分野では、北杜市明野で実現を目標に2020年末からGSAと準備してきたのが、ピースフィールド・プロジェクトです。イギリスにNational Children’s Football Alliance (NCFA)という非営利団体があります。
このピースフィールド・プロジェクトというのは、1914年第1次世界大戦時、イギリス軍とドイツ軍がベルギー・フランダース地域を戦場に激しく戦闘を繰り返していた中、クリスマスの日に双方休戦してサッカーをしながら平和の時間を楽しんだという逸話にちなんで、競技だけではない「プレーすることの本来の普遍的な楽しさや価値」を子ども達に伝えるNCFAの国際教育活動です。
長年、世界各地のフットボールクラブや施設と「ピースフィールド宣言」をして姉妹提携を進めており、現在、世界5大陸の約60施設が「ピースフィールド宣言」をしていますが、日本で初めての「ピースフィールド」をぜひ山梨にとの想いで準備してきました。先月は、クラブのスタッフと選手が一緒になって、ラオスとカンボジアの戦争終結地に行ってきました。
山梨の企業である㈱日建の雨宮会長は、世界の大企業が諦めて撤退する中、ただ一社8年かけてコツコツと技術開発を重ね、ヒトの命を傷つける機械ではなく、ヒトの命を傷つける機械を除去する機械を開発されました。私はそこにヴァンフォーレ甲府が目指している姿と相通ずるものを感じています。
地雷を取り除いた後に土地をもう一度甦らせて農地にして、平和のシンボルであり且つ明野の花でもあるヒマワリを植えて食用油製造や果樹栽培を行うという取組みです。5年前に「国際平和大賞」を受賞されていますが、今度はNCFAと姉妹連携して「ピースフィールド宣言」した明野の地で、世界のいろいろな人が集まって平和を考える活動ができればと考えています。
一方現地のラオスでは、まだ女性が人身売買されているので、その子達にサッカーを通じて生きる力を与える活動を行っています。スペインにバルセロナという有名なクラブがありますが、数年前にバルセロナを支援していたユニセフがこの活動に目を留めました。
ユニセフから雨宮会長に連絡があり、「ヴァンフォーレ甲府と連携している国際交流をユニセフの活動にしないか」というオファーがあったと伺いました。我々が取り組んでいる国際交流は、世界でトップクラスの尖った活動ではないかと自負しています。
カンボジア国際交流 (写真提供 ヴァンフォーレ甲府)
私は、日本のこんな小さなクラブが「世界に抗う」、欲望の資本主義の中で日本が大切にしてきた「お金に変えられないものがある」ということを忘れずに活動を続ける覚悟であります。
〇佐久間 悟氏プロフィール
1963年東京都まれ。
駒澤大学卒業後、NTT入社。
現在、㈱ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ代表取締役社長。
(文責・編集部)