『接骨院の診察室』 第9回
患者さんを「観察する」ということ~
「ミクロの視点」。そして「マクロの視点」。
まえがき
さて今回は。
「重症心不全」の患者さんのお話を紹介させていただきますね。
重症心不全と言えば、今まさに「命の危機」に瀕しているような患者さん。
こんな患者さんが、ご自分で歩いてひょっこり接骨院に来院されることなんて「ある」と思われますか?
それとも、「いや、さすがにそれはないだろう」と思われますか?
…答えは、「ある」なんですよね。
そんな時。
私たちはその危機的状況にどうやって気づけばいいのか。
どういう対処をすればいいのか。
今回はそれを皆さんと一緒に考えていけたらと思います。
では早速、実際にあったエピソードをお話していきますね。
今から19年前のお話です。
●19年前のある日のエピソード
ある日の夜、受付時間が終了した直後。
帰り支度に入ったところに、転がり込むようにしてその73歳の男性患者Aさんは来院されました。
土砂降りの雨の日でした。
「ううー、転んだ…いてええー」
そう言って左の胸の下の方を押さえ、「ハアハア」と苦しそうに肩で大きく息をしながら、Aさんは椅子にへたり込んでしまいました。
バスから降りようとして足を滑らしてしまい、転げ落ちる形で思い切り転倒し、地面に左脇腹を強打して痛めたとのことでした。
一般的に老人の方は若い方に比べ、皆さん共通して「転ぶ」という事態に大変敏感です。
と言うか、驚いて「大変なことが起きた!」と捉えてらっしゃることが多いです。
「転倒」という現象に対して、「自分の体の強度がもたない」ことを、日常的な動作の中で常に実感しながら生きていらっしゃる、というのもありますし、それもさることながら、周りにいるご自身と同年代のお年寄りが、「転倒によって骨折などの大きな怪我をしてしまった」という実話を、それこそ日々聞いてよく知っているからだと思います。
ですから大抵、転倒直後の老人の方は、焦って冷静さを失い、大きく動揺されていることが多いです。ご本人の身になって想像してみれば当然のことですよね。
そういうことですので、Aさんが焦って「ハアハア」と荒い呼吸をしているのも、転倒直後の老人患者さんを僕たちが拝見する場面では、よくある状況でした。
しかしこちらまでそれにつられて焦ってしまってはちゃんと診ることができませんので、僕たちにはあくまでも冷静に観察することが求められます。
●転倒患者さんを診る時にまず初めに注意すべきこと
ちなみに話は少し脱線しますが。
転倒したとおっしゃる患者さんを診る時は、「転倒による怪我の有無」を診る前にするべきことがあります。
それは、「なぜ転倒したのか」という事実確認です。
「突然半身の麻痺が来て転倒した」とか、「急に気が遠くなり失神しそうになって転倒した」といった患者さんたちが、実際には接骨院にも時々いらっしゃいます。
そういう患者さんたちの中から「脳梗塞」や「腹腔内出血」など致命的疾患を見つけてきた経験が今までに数多くありますので、この点にはまず初めに最大限の注意を払って問診します。
「なぜ転倒したのか」。
つまり「ただ足が滑ったり、つまずいたりしたから」なのか。
そうではなくて「めまいやその他別の症状が出たことによって転倒した」のか。この点はしっかり押さえておかなければならない非常に重要な情報なのですよね。
転倒の「結果」どうなったかだけを診れば良いのではなく、
そもそも転倒したのはなぜなのか、まず初めにその「原因」をはっきりと突き止めておくこと。
繰り返しますが、これが臨床現場では非常に大事なのです。
怪我の手当てよりも優先して、一刻も早く救急車を呼んで脳神経外科に搬送しなければならない場合もあるからなんですよね。
具体的には、
「どうして転んだのですか?」
「めまいがしたり気が遠くなったりしたからですか?それともただ何かにつまずいたりしたからですか?」
…という具合に質問します。
Aさんにもお尋ねしたところ、今回の場合は、転倒直前に「めまい」も「頭痛」も「吐気」もなかったし、また突然「失神」しそうになったために転倒したということでもなかったし、
転倒前後はずっと意識は清明な状態で、本当にただ、バスを降りようとしたら雨で濡れたステップに足を滑らせて転倒してしまったとのことでした。
とりあえずこの問診結果からは、「転倒の原因に、脳卒中や心臓発作などの致命的なものを含む重大疾患が隠れている可能性は低そうだ」と考えて良いだろうと判断し、まずはひと安心。
ここで初めて、痛めたところの状態確認に入りました。
●身体所見
拝見した身体所見からは、「左第6・7肋骨骨折」が疑われました。
(左第6・7肋骨前方に、介達痛・限局性圧痛・深呼吸時痛のすべてが(+)であると確認されたからです。)
交通事故で車にはねられるなどの高エネルギー外傷で、多数の肋骨が同時に折れた「多発肋骨骨折」なら、「血胸」や「動揺胸郭」をきたしていて場合によっては命に関わるケースもありますが、今回は単純な転倒によって発生した、せいぜい1~2本折れた程度のよくある肋骨骨折ですから、この後やることは難しいものではありませんでした。
患者さんにその疑いがあることを説明し、肋骨骨折用のバストバンドで固定して、整形外科に紹介状を書いて、レントゲンチェックと確定診断をしていただく。
その段取りに移ろうとした時。
僕はふとあることに気づきました。
●異常呼吸
またちょっと話は変わりますが。
「異常呼吸」という医学用語があります。
これは言葉の通り「呼吸の異常」を示すものですが、「様々なタイプの異常呼吸」と「それが出現しやすい病気」との関連は、医学的に既に明らかにされていまして。
これらについての医学知識は、医師であろうと看護師であろうと、その他の医療職であろうと、医療従事者であれば学校で必ず一度は学ばされます。
国家試験に出ることもしばしばです。
「異常呼吸」
①ビオー呼吸、②クスマウル呼吸、③チェーンストークス呼吸、④失調性呼吸
の4つです。
具体的にどんな内容を学校で学ばされるのかと言うと。
チェーンストークス呼吸を例にとれば、「これがどんな特徴的なリズムを示す呼吸か」ということと、「この呼吸は重症心不全や脳疾患その他で出現し、予後不良の呼吸である」ということを覚えさせられます。
ちなみに「予後不良の呼吸」とは簡単に言えば「死ぬ前に見られる呼吸」ということです。
ただ、そういった患者さんに遭遇することが日常的にある、循環器科や脳神経外科などの診療科の医師や看護師は別として。
私たち柔道整復師や理学療法士などにとっては、普通に考えればこれは専門外の知識。
僕もそうでしたが、私たちの多くは、これはあくまでも国家試験対策のための医学知識だと捉えていて、
「実際の臨床現場に出てから役立てるような機会はないだろう。そもそもこういう異常呼吸をきたしている患者さんに遭遇すること自体がおそらく一生ないだろう。」
と思いながら勉強する類いの知識な訳です。
●肋骨骨折の処置に移ろうとしたときにふと気づいた、「異常」
話を戻しますね。
Aさんを問診し、身体所見を拝見して、肋骨骨折の疑いと判断し、その後の処置に移ろうとした時。
僕はふとあることに気づきました。
Aさんの呼吸…なんかちょっとおかしくないか?
Aさんの診察を始めてからこれまでの数分間。
まず来院時にAさんは苦しそうに「ハアハア」と肩で大きく呼吸をしていました。
その後診察室の椅子に腰かけていただいて、問診、身体所見と続けて拝見していった訳ですが。
そのうちにAさんの荒い呼吸はだんだんに収まっていきました。
ところが、ふと気付くとまた呼吸が荒くなっていたのです。
その間、Aさんはずっと座ったままで安静な状態にいたのに。
注意して観察してみると、「深く速い呼吸→浅くゆっくりとした呼吸→無呼吸…」という周期を繰り返しているように感じました。
だんだん呼吸が静かになったと思ったら、運動している訳でもないのに、今度はだんだん荒くなり、しばらくするとまた静かになって…というのを20秒程度の間隔で繰り返しているAさんの様子は、少し奇異に僕には映りました。
ちょっと待てよ。これ、どっかで聞いたことがあるような気がするな…
…あ。
これはあのチェーンストークス呼吸とかいうやつじゃないのか?もしかして。
…そうだ、それに違いない。
しかしもしそうだったら大変だ、このままでは命に関わる状態なのかもしれない!
最初の問診で脳卒中を疑わせるような言質は取れなかったよな…
そうするともしかしたら…心臓が重篤な状態になっているのではないのか!?
心筋梗塞に由来する典型的な胸骨裏痛がないか一応聞いてみたところ、胸の真ん中は痛くないとのことでした。
しかし橈骨動脈の拍動(手首の親指側の動脈)を確認してみると、非常に不整脈で、脈がだいぶん長く途切れることがあるのが確認されました。
不整脈は日常的に多くの患者さんでよくみられる症状で、それがあるだけでは重篤な状態にあるとは言えませんが、同時にこの異常呼吸が存在しているのであれば、放っておくわけにはいきません。
●救急病院へ
「このまま肋骨骨折の処置だけして、今晩自宅に帰して良い状態ではない可能性がある。」
そう判断した僕は、怖い話の部分は省いて、Aさんにそのことを簡単に説明しました。そして、これから救急病院に僕が車で連れていくと伝えました。
Aさんは独り暮らしでしたので、帰宅してから何かあったらとてもご自分一人で対応できないでしょうし、大変なことになる可能性があると思ったからです。
ただ、Aさんの呼吸が異常呼吸であることには確信が持てたものの、それを(当時の僕が)学校で学んだのはもう10年以上前のこと。
もちろんこの仕事を始めてからそれまでに、そういう患者さんに遭遇したこともありませんでした。
Aさんのこの呼吸が、「ビオー」だったか「クスマウル」だったか「チェーンストークス」だったか、正しい名称を確認しとかなきゃ。
ドクターに症状を伝える時に名称を間違えていたら意味が伝わらない。
そう思った僕は、Aさんを乗せて救急病院に向かって車を走らせながら、家族に電話をしました。
僕の部屋にある医学大辞典の場所を伝えて、
ビオー呼吸・クスマウル呼吸・チェーンストークス呼吸の項目を引くように頼んで、そこに書いてある内容を読み上げてもらいました。
結果、やはりチェーンストークス呼吸で間違いないことが判明。
そして大きな総合病院に到着しました。
●総合病院の夜間救急外来にて
Aさんと一緒に診察室に入らせていただき、担当医に、
①今回の転倒のエピソードと、
②左第6・7肋骨骨折の可能性があること、そして最後に特に強調して、
③「チェーンストークス呼吸様の異常呼吸が見られること」
を伝えました。
しかし担当医はその言葉に反応する様子を見せることなく、簡単に問診を済ませ、胸部の聴診と肋骨の触診を行い、胸部レントゲンと血液検査を施行したのですが、その問診の内容にいささか僕は驚きました。
「労作時呼吸困難はありますか?」
とAさんに対して聞いたんですよね。
Aさんの方を見もせずに。
またその後も、担当医は机に向かった姿勢のまま淡々といくつか質問してはカルテに書き込むだけで、Aさんの方を見ることは一切ありませんでした。
「労作時呼吸困難」というのは医療従事者にしか分からない医学用語です。
Aさんに分かるはずがありません。
この医学用語の意味を理解していないAさんが「ある」と答えても、「ない」と答えても、その答えには何の意義もないと思います。
ちなみに「労作時呼吸困難」とは、階段を上るとか小走りをするとか、体にある程度以上の運動負荷をかけたときに、正常な範囲で多少呼吸が早くなるレベルを大きく超えて、その運動負荷と釣り合わないレベルで異常に息切れが酷くなってしまうという現象です。心臓の疾患などで見られます。
この質問にAさんは苦しそうに大きな息をしながらこう答えました。
「ハアハア、…ない。…ハアハア」
そして担当医はその答えをそのままカルテに書き込んでいました。
Aさんはとにかく病院が嫌いでしたから、「入院なんか絶対にしたくない」という思いがその時は強かったのだと思います。
ですから、「入院が必要な病気がある」と医師が判断する方向にはなるべくならないように、Aさんはそれだけを考えて答えていただけの話で、その答え自体に実際の症状は正確に反映されてはいませんでした。
そんな情報をいくらカルテに書き込んだところで、そのカルテ自体、医学的には何の価値もないと僕は思いました。
出しゃばったマネとは思いつつ、僕は担当医に「チェーンストークス呼吸が見られるようなのですが…」と再度言いました。
担当医はそれには答えませんでしたが、心電図を取るようにスタッフに告げました。
Aさんはベッドの上に仰向けに寝かされました。
そして看護師さんたちが心電図の準備に取り掛かったのですが、
Aさんは何度寝かされても起き上がってしまいました。
「ちょっと、ちゃんと寝てなきゃダメ!」
そう言われてもAさんが何度も起き上がってしまうので、とうとう看護師さんたちは数人がかりでAさんの体を押さえつけました。
僕はその時思いました。
「これは起座呼吸じゃないのか!?」
起座呼吸というのは異常呼吸の一つで、これが起きる原因はいろいろありますが、代表的なのは心臓の病気です。
横になると息が苦しくなって呼吸できなくなり、座ると何とか呼吸できるようになる、という現象です。
僕は思い切ってそれを言おうとしたのですが、看護師さんから「出て行ってください。廊下で待っていてください。」と言われてしまいました。
仕方なく廊下で待つことにして。
しばらくしたら、医師から説明があるのでと診察室に戻るように言われました。
説明に現れた担当医は、初めの医師とは違う人でした。
おそらく初めの医師が外科医で、今度の医師は内科医だったのだと思います。
説明の内容はこうでした。
「心電図は異常ありませんし、心臓は心配ありません。左肋骨骨折はありますので、そちらで行っていただいたバストバンド固定を継続して、もし何かあったら休み明けにまた見せに来てください。」
僕は、「休み明けとなると、明日から連休なので3日後になってしまいます。心電図が異常ないにしても、起座呼吸とチェーンストークス呼吸が見られるようですし、何とか入院させてもらえませんか?」と何度もお願いをしました。
しかし、担当医の返事は変わらず、「心肥大はありますが心不全ではないので入院の必要はないです。」ときっぱりと言われてしまいました。
仕方なく僕たちは病院を出ました。
時刻は23時近くになっていました。
このままAさんをご自宅に帰して一人にするのは心配でした。
Aさんに「うちに泊まりませんか?」と何度か誘いましたが、どうしても自分の家に帰ると言います。
ずっと独り暮らしで気ままに過ごしていた方ですので、人の家に泊まるのなんて嫌だという気持ちは僕にもよく分かりました。
そこでやむを得ず、Aさんのご自宅に送ることになりました。
Aさんは家の近くは一方通行が多く、自分の家までの帰り道がAさんは分からなくなってしまったので、途中で車を止めて歩いて帰ることになりました。
そこからAさんの家までの百メートルくらいを一緒に歩いた時のことは、19年経った今でもよく覚えています。
Aさんは呼吸がとても苦しそうでした。
5mおきに止まっては道のわきのフェンスに掴まって、しばらく休んではまた歩く、という状態でした。
まさに労作時呼吸困難でした。
でも、そんな状態なのにAさんは、「息が苦しい」とは言わないんです。
止まって休むと、ニコニコしながら自分が若かった時のことをいろいろ僕に話して聞かせてくれました。報道関係の仕事をしていたこと、海外に住んでいた時もあったことなど…
苦しそうなのになぜか笑顔で、遠い目をして昔のことを思い出しながら、楽しそうに話し続けるAさんの横顔が、僕にはなんだかとても印象的でした。
ご自宅まで送り届けて、僕はメモ用紙に自分の携帯電話番号を書いてAさんに渡しました。
「今晩何かあったら何時でもいいから電話して。何もなくても明日の朝電話して。」
そうして後ろ髪を引かれる思いで、Aさんと別れて僕は帰宅しました。
●翌日
その夜Aさんから電話がかかってくることはなく、翌朝もかかってこなかったので、僕は朝仕事場に着いてから自分の家族に電話して、Aさんの様子を家まで行って見てくるように頼みました。
家族からの報告では、Aさんは元気そうで、「骨折したところの痛みは昨日よりちょっと減った」と言っていたし、その他に特に変わった様子はなかったとのことでした。
しかし、やはり自分で確認しないと不安はぬぐい切れないなと感じ、夕方になって少し手が空いたところで、僕はもう一度Aさんの様子を見に行くことにしました。
自宅の玄関まで出てきたAさんは、まだ呼吸困難が継続していました。
「Aさん、入院したい?」とシンプルに聞いたところ、「そうだな、入院するか。」とのことだったので、すぐに昨日の総合病院に電話して、これから受診したい旨を伝えました。
そしてAさんを車に乗せて再び病院に向かいました。
●再診した総合病院の救急外来~「心不全」が確定
救急外来の担当医は昨日の2人の医師ではない別の医師でした。
これまでの経過と現在の状況を伝えましたが、昨日の医師より、こちらの話を真剣に聞いてくれている印象でした。
問診と胸部聴診の結果、「心臓は大丈夫なんじゃないかなぁ。でも念のため胸部レントゲンと血液検査をやっておきましょう。」と言われました。
しばらくして検査結果が出て、再び診察室に呼ばれたところ、医師はこう言いました。
「心不全です。胸水が貯留して呼吸困難をきたしています。このまま入院してください。」
緊急入院となったAさんが当面要るものを揃えたり入院手続きをしたり、急いで必要なことを済ませて病室に行くと、点滴が始められていました。
医師のお話では、体内の水分を減らし心不全を改善させるための「利尿剤」の点滴とのことでした。
…やっと、医療にアクセスできた。
これでやっと、一安心だ…
あとはプロの医師たちがやってくれる。
ようやく肩の荷が下りた思いで、僕は帰宅しました。
●その後
2日後、自分の家族に頼んで様子を見に行ってもらったところ、主治医が「入院当初より心肥大が小さくなってきています。これから心不全の原因を調べます。」と説明してくれたとのことでした。
Aさんのご兄弟にも連絡が取れ、経過をお伝えしました。
いきなり入院して、一人で一日中病室の天井を見ていてボケてしまってはいけないので、Aさんに何か読みたい雑誌などありますかと聞いたところ、新聞が読みたいとのことでした。
そこで自分の家族に頼んで、退院するまで新聞を毎日差し入れに行ってもらうことにしました。1日1回でもそこで少し会話することで、こっちの世界に引き留められると思ったからです。
入院18日後、主治医が僕に病状説明をしてくれることになりました。
その内容は次の通りでした。
①心不全の状態はかなり改善した。
②心肥大は小さくなった。
③胸水貯留は消失した。
④肺うっ血も消失した。
⑤検査の結果、「大動脈弁閉鎖不全」と「僧帽弁閉鎖不全」と「左心室のびまん性機能不全」があることが判明した。
⑥左心室の病態は、以前に起きた「心筋梗塞」の結果によるものなのではないかと思われる。
⑦しかしこれらと今回の心不全との正確な因果関係は不明。
⑧今後は、退院後もしばらくこちらの病院に通院していただいて、利尿剤と血栓溶解剤と冠循環促進剤の薬物療法を継続し、落ち着いたら近医を紹介する。
⑨手術は今のところ特に必要ないが、落ち着いたらカテーテル検査はやった方が良いと考えている。
そしてAさんは約1ヵ月でめでたく退院となりました。
退院の翌々日にAさんは当院に来られました。
そして、満面の笑顔を見せてくれました。
●あとがき
この間のAさんとの関わりを通して、僕はたくさんのことを教えていただきました。
今回の原稿もいささか長くなってしまったので、若い同業者の先生方に僕からお伝えしたいことを、その中から一つだけに絞ってお伝えしますね。
それは、
診察する時に大切な視点には、「ミクロの視点」と「マクロの視点」の両方があるということです。
僕たちの専門領域の「肋骨骨折」だけを見つけたところで終わっていたら、
「心不全」には気づくことができずにAさんの命をそこで終わらせてしまうことになっていたかもしれません。
転倒患者さんから正確に負傷を見つけ出すためには局所を調べることが必要な訳ですが、これはいわば「ミクロの視点」。
一方で忘れてならないのは、患者さんの全体を俯瞰的に観察すること、すなわち「マクロの視点」だと思うのですよね。
それさえ忘れなければ、きっと皆さんもよりたくさんの患者さんの笑顔に出会えると思います。
この先いつか、チェーンストークス呼吸や起座呼吸が見られる患者さんが皆さんの目の前にいらしたら、どうか救ってあげてください。
頑張ってくださいね!僕も頑張ります!
…さて、ここからは僕の独り言です。
Aさんはその後、腰を痛めたり足を痛めたりして、しばらく当院に通われていましたが、そのうち症状が改善したようで、来院は無くなっていきました。
それからも時々、外を歩いているお姿は見かけていたのですが、今はもう見かけることはなくなりました。
19年も前のことですから、年齢からしてもしかするともう亡くなっているかもしれません。
そう考えると、しーんとした寂しい思いに包まれてしまいます。
でも、こうも思うんですよね。
いつか僕も命を終える時が来たら。きっとまたAさんに会えるんじゃないかと。
Aさんのあの笑顔に。
そう想像すると、とても楽しみです…
また、若い時の話を聞かせてもらいたいです。ニコニコしながら、あの楽しそうな顔で…
さて。
次回はまた2か月後、5月1日の配信となります。
また頑張って書きます!どうか楽しみになさっていてくださいね。