ニコニコ接骨院 院長 酒田 達臣

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今回の記事タイトルはこちら!


『接骨院の診察室』 第11回

患者さんを「診る」ということ
~その出発点は、患者さんの訴えを「まず“信じる”こと」~
第2部

まえがき

 前回に引き続き今回も、頚椎の高さに発生した脊髄腫瘍だった69歳女性患者Aさんについてのお話をご紹介します。

Aさんは腰痛を訴えて来院されたのですが、問診の中でたまたま聴取された「左胸のしびれ」の訴えに着目して神経学的所見を取ったところ、主訴である腰痛とは無関係と考えられる「中枢神経障害(脳または脊髄障害)の存在」が疑われたため、脳神経外科医に紹介し、頚椎2番高位の脊髄髄内腫瘍が判明しました。

今回は僕が拝見した身体所見について解説させていただき、Aさんのその後と、僕が学ばせていただいたことについてお伝えしたいと思います。

初診時の身体所見
初診時の問診で確認した、しびれの領域・性質・誘発要因・頻度・随伴症状・発症時から現在までの経過などから、頚椎から左上肢に至る末梢神経の機能と、脳・脊髄の中枢神経機能をチェックする必要があると判断した訳ですが、僕が初診時に行った神経学的検査は非常に初歩的かつミニマムで、以下のものだけでした。

・上肢の知覚検査
・手根管チネルサイン
・ファーレンテスト
・三角筋・上腕二頭筋・手関節伸筋の筋力テスト
・上腕二頭筋腱反射
・腕橈骨筋腱反射
・上腕三頭筋腱反射
・ホフマン反射
・トレムナー反射
・10秒テスト(巧緻障害検査)
・握力測定
・膝蓋腱反射
・アキレス腱反射
・上肢バレー徴候
・下肢バレー徴候
・片足起立可能時間測定

 以上、まずは最低限の16種類ほどの検査を行った結果は、評価するのが大変微妙なものが多くありました。膝蓋腱反射などは明らかに左が亢進していましたが、その他のテストでは左右差がとても微妙なものがいくつもあったのです。

例えばトレムナー反射という、正常であれば本来は出現せず中枢神経障害がある時にだけ手の指が屈曲する形で出現する病的反射については、指先がほんの1~2mm曲がる程度で非常にかすかでした。しかし何度繰り返しやってみても、右は全く動かないのに、左は指が“揺れる”のではなく微かでしたが間違いなく“屈曲”していました。

最終的に全てを改めて総合評価した結果、「脳あるいは脊髄障害の存在が疑われる」と判断されたため、脳神経外科医に紹介状を書いた訳です。
そしてそこで行われた脳および脊髄のMRI検査の結果、年間10万人に1.5人の脊髄腫瘍であること、またその中でもAさんは年間100万人に1.5人の脊髄髄内腫瘍であり、さらに年間1千万人に何人かというレベルの頸髄髄内腫瘍であることが分りました。

ところで、当院での初診時の所要時間はどのくらいかかったかといいますと、正確には覚えていませんがおそらく1時間程度はかかったかと思います。

一番時間を要したのは問診で、30~40分はかかっているかと思います。
毎回どの患者さんにもそんなにかかる訳ではないのですが、Aさんの場合はそれが必要な理由がありました。

Aさんのお話の中には前回書きました通り「これは何か重大な病気が隠されているかもしれない」と疑うに足る、「しびれが34日間なかったことがある」という言葉があったことから、そこを深く掘り下げて、様々な可能性を想定しつつ問診していったため、それだけの時間がかかったのですよね。Aさんご自身も、質問によっては16年前からの症状を思い出しながら答えなければならなかった訳ですしね。

神経学的検査を中心とした身体所見も、15分程度はかかっているかと思います。
先ほどお伝えした16種類の検査に要する時間は通常ならもっと短くて済むのですが、Aさんの検査結果はどれも陽性か陰性かを評価するのが大変微妙なものだったので、何度も繰り返し行ったため時間が倍以上かかりました。

また、その後もある程度時間が必要な工程がもう一つありました。
問診と身体所見の結果から「中枢神経障害の疑いあり」という判断に至るのは一瞬でしたが、そうなると自分たち接骨院の範疇外ですから、当然脳神経外科や神経内科などの専門医に紹介せねばならない訳です。

しかしそれには患者さんご自身の同意が必要です。同意していただくには、専門医受診が必要だということを分りやすく根拠を示して説明して、それに納得していただく必要があります。患者さんに専門医受診を断られたら、すべてが水の泡になってしまうからです。

「自分は医師ではなく、自分の推測は間違っているかもしれないけれども、あなたはここで施術を受けるより専門医を一度受診して確定診断をしてもらった方が良いと思います」ということを、誠意を持ってお伝えして説得し、ご納得いただかなければなりません。

この説明に10~15分程度はかかるのですよね。そのため合計で1時間程度はかかる訳です。

医師がこれを行った場合は最後の“説得”の部分にはそれほど時間をかけずとも患者さんにご納得いただけるでしょうが、それでもこの「問診と身体所見」についてだけは相当な時間がどうしたってかかってしまうと思います。

待合室で待っている他の患者さんをお待たせしたうえで、それを行うか。
診察そのものに対する診療報酬が、所要時間や疾患の重篤度に関わらず一律の規定となっている現行の制度下で、全ての医師がそれをあえて行うか、と言えば…なかなか難しいのではないかと思いますね。

しかし、こういった希少疾患や重篤な疾患の患者さん出来るだけ早く見つけ出して命を救うには、それが必要なのは間違いないと思います。

ですから、こういうことができる医療を社会が望むのであれば、それが可能となるような方向に医療の仕組みを構築し直していくことが、やはり必要になってくるのだろうと思うのですよね。

その後の経過
さて、僕からB脳神経外科病院の脳神経外科専門医B先生に紹介して、頚髄の髄内腫瘍であると診断されたAさんの、その後のお話をします。

結果的にAさんはその後、B先生以外に5人の脳神経外科専門医を受診することになりました。

B先生からC先生へ
僕が紹介したB先生ご自身はAさんのタイプの腫瘍の手術実績がないとのことで、別の専門医を紹介することにされました。

Aさんとご家族のご希望で、C公立病院の脳神経外科医C先生宛てにB先生から紹介状を書いていただき、再度C病院でもMRIを取り直してみた結果、C先生の診断も同じで「頚髄髄内腫瘍である」との結論でした。
しかしC先生もこのタイプの手術実績がなく、「D国立病院の脳神経外科部長D先生がとても信頼できるから」と紹介してくれることになりました。

時進行でこちらで行った調査
ちなみに僕はその時には既に、友人の医師や恩師の医師にAさんのことを相談し、そちら経由で東京の大学病院の脳神経外科教授にもご意見を伺ったり、自分でも脊髄腫瘍の専門書を10冊ほど調べ、髄内腫瘍の専門医リストを作成したりして、この疾患についての概要をある程度把握していました。

①まずは髄内腫瘍の治療を経験したことのある専門医そのものが全国でも非常に限られていることや、②治療法は基本的に手術とされていること、③髄内腫瘍には主に「上衣腫」「星細胞腫」の2種類があってその悪性度には大きな違いがあり、上衣腫は腫瘍組織と正常組織の境界が比較的明瞭で手術の際に腫瘍を取り除きやすく完全摘出に成功すれば再発は稀だが、星細胞腫は腫瘍組織が正常組織の中に根を張るように浸潤していることが多く完全に取り除くことが困難で再発するケースも多いこと、④また手術方法自体や予後も様々なものが報告されていて、中には「脊髄の軟膜をメスで切開する際は、メスの刃の方ではなく背の方を使ったほうが良い」など非常に細かい職人技的な報告をしている専門医もいること、⑤さらにMRIで髄内腫瘍と非常によく似た像を呈する「多発性硬化症」という全く別の病気もあることなども調べた中で分りました。

そして作成した専門医リストの中からさらに、脊髄腫瘍の治療についての論文や専門書への解説記事を多く執筆している、その道の超専門医を3人ピックアップしておきました。
この3名のドクターは、全国の脳神経外科医で知らない人はいない、脳神経外科学会の重鎮中の重鎮と言える人たちでした。

でもAさんには、C先生が紹介すると言ってくれているD国立病院のD部長をまずは受診してみるよう勧めました。

D国立病院のD脳神経外科部長の診断
D先生は診療時間外に予約を取ってくれ、Aさんを1時間かけて神経学的診察からやってくれたそうです。
D先生のお話は下記の通りだったとのことです。

「治療は手術のみ。放射線治療はできない。手術しなければ手足が麻痺し、呼吸困難に至る。手術成功率は2/3。上衣腫か星細胞腫かは開けてみないと分らない。」

「昨年自分は86件の脳腫瘍の手術実績がある。また髄内腫瘍の手術件数は関東周辺で自分が一番多い。この顕微鏡手術が出きるのは自分しかいない。」

そこでAさんの娘さんが「先生は去年、髄内腫瘍の手術を何例やられたのですか?」と質問してみたところ、D先生のお答えは「1例です」とのことだったそうです。

翌日Aさんと娘さんは僕に報告に来られました。
Aさんは次のようにおっしゃいました。

「D先生はすごい自信を持っている感じでした。また、感じの良い先生ではあると思いました。でも脳腫瘍の手術をいくらたくさんやっていても、内腫瘍の経験が多くないのでは不安です。多発性硬化症の可能性もD先生の頭にはないようでした。」

そして「他の先生にも診てもらいたいです」とご希望されました。

その後の対処
そこで僕は、ピックアップしておいた3人の超専門医のことをお話ししました。
1人目は関東圏内にあるE大学病院の脳神経外科教授E先生です。
2人目は同じく関東圏内にあるF国立病院の脳神経外科部長F先生です。

E先生は有名な脳神経外科教授でしたし、また脊髄腫瘍の専門書には大抵F先生の論文や記事が掲載されていたので、少なくともこのお2人に関しては全国の脳神経外科医がその名を知る指導的立場の専門医であることは確かでした。

3人目は地方都市にあるG病院のG先生です。
G病院は関東圏外の病院で、泊りでなければ行けない距離にありましたが、G先生は当時、髄内腫瘍の手術件数が30年間で130例以上と、日本全国でも飛び抜けて多くの症例を手術した経験を持つ先生でした。僕の高校クラスメートの整形外科医もその名を知っていました。

この3人のうち病院が関東圏内で日帰りでの受診ができる距離にあるE教授とF先生のお2人に、僕はまず紹介状を書きました。

C公立病院でコピーしてもらったMRIを持参してお2人のドクターへの受診を終えた後、Aさんと娘さんは僕に報告に来てくれました。

E大学病院のE脳神経外科教授の診断
 まずAさんはE大学病院のE教授を受診したところ、D先生と同じく1時間かけて神経学的診察からやってくれ、僕の紹介状の内容もカルテに書き入れて、その後次のような診断結果を伝えられたそうで、治療法については手術しかないとしたD先生とは少し意見が異なっていたとのことでした。

「やはり脊髄髄内腫瘍でしょう。腫瘍の種類については上衣腫の確率が40%、星細胞腫の確立が60%。手術成功率は90%。造影MRIでは腫瘍の周りに水分が見えるので、星細胞腫だとしてもポロッと取れやすいタイプではないか。ただ、腫瘍ではなく“多発性硬化症”という脊髄の炎症性疾患でもMRI画像が似て見える場合があるので、まずはステロイド治療を少しやってみるのもいいでしょう。そしてMRI画像に変化が出るかを観察してみましょう。多発性硬化症なら病変の大きさが小さくなり、腫瘍であれば変化は出ないので、1ヶ月薬を飲んでそれを確認して、変化なければすぐに手術を行いましょう。」

しかしAさんは、「もし腫瘍であることが確定した場合に手術することについてですが、今この場で決心することはできないので、家族と少し検討したいです」と伝え、2週間後のE教授の予約を取られて帰ったとのことでした。

F国立病院のF脳神経外科部長の診断
 翌日Aさんは別に予約しておいたF国立病院の脳神経外科部長F先生を受診したところ、同じく1時間かけて神経学的診察からやってくれ、その結果F先生も髄内腫瘍だろうという診断は同じでしたが、腫瘍の種類や治療法についての話はD部長ともE教授とも異なっていたとのことでした。

「治療法はありません。手術は無理です。」とのことだったそうでした。

「上衣腫の確立が10%、星細胞腫の確立が90%。脊髄の中心管の周りに同じような厚さで腫瘍が成長し脊髄の中央に出来るのが上衣腫だが、今回のケースは左に少し寄っているので星細胞腫の可能性が高い。上衣腫なら手術を勧めるが星細胞腫は全摘が難しいので再発する。再発時には悪性化することもある。それが5年後か10年後かはわからないが、リスクを冒して手術をして、さらにそのくらいで再発するなら、手術しないで付き合っていった方が良い。」

「しかし一方で、多発性硬化症など別の病気の可能性もゼロではないので、脊髄の他の部分にも病巣がないか、2週後に胸髄のMRI(背中の高さの脊髄)も撮ろう。」

Aさんの娘さんが「では手術をしないでこのままにしていたとしたら、母は一体どうなるのでしょうか?」と質問すると、F先生はこのように答えたそうです。

「真綿で首を絞められるようにだんだん呼吸が苦しくなって…最後には…キャーッ!!」

…自分の手で自分の首を絞める格好をしながら、ゆっくり天井の方を見上げていき、最後に素っ頓狂な高い声で「キャーッ!!」と叫んだそうです。

これは本当の話です。Aさんと娘さんも驚いたと言っていましたが、僕もこれを聞いてとても驚きました。

Aさんと娘さんは当然F先生には2度と診てもらいたくないとのことでした。

C先生の豹変
 その3日後にAさんの娘さんは、僕がお話してあった3人目の専門医に診てもらう時のために、C公立病院の窓口にMRIをコピーしてもらいに行かれました。
するとコピーができるのを待っている間に、そのことが受付からC先生に伝わり、C先生から別室に呼ばれて次のような話をされたとのことでした。
この時のC先生の様子をAさんの娘さんは今でも覚えているとおっしゃっています。

「D先生を受診して手術は決めてきたのか。いつにすることにしたのか。本当は手術を受けるという意思を僕のところで決めさせてからD先生を紹介しなければならなかった。転倒して首を痛めて突然呼吸筋麻痺にならないとも限らないので、早く手術した方が良い。E教授よりD先生の方がずっと手術がうまい。今は我々脳外科医はみんなD先生のところに手術する患者を送っている。自分の派閥のトップはE教授だから、本来ならE教授に送らなければならないところをあえてD先生に送ったのだ。」

Aさんの娘さんが「でもD先生は手術するかしないかの2つに1つしか選択肢はないと言っていたので他でも診てもらったら、そこでは多発性硬化症でないかどうかを見分けるために薬も試してみようという別の方法も提示されました。」と伝えたところ、C先生の表情がガラッと変わり、顔色を真っ青にして激高してこう叫んだとのことでした。

「E教授を受診したのか!うちで撮ったMRIを持って行ったのか!うちの病院名が印字されたそのMRIをE教授に見せたのか!僕からD先生を紹介されたことも言ったのか!」

そして話はすぐに打ち切られ、「予約外なのでお帰りください!受診料はもらっていいですね!」と言われ、いきなり帰らされたそうでした。

その後の対処についてのアドバイス
Aさんの娘さんは僕にこのお話をしながらも、大変動揺されていました。
僕からは次のようにお話をしました。

「D先生とE教授とF先生、この3人のドクターの意見を2~3日ご家族でよく吟味して、“この先生に任せよう”と思える人がいたら、その方向で行くのがいいのではないかと思います。またE教授の投薬を試してみることと、F先生の胸椎MRI検査を受けることは、お2人にちゃんとお伝えしてご了解いただいたうえでなら、並行して行っても良いのではないでしょうか。

G先生にも診てもらう場合は、かかる病院を1か所に決めた後に、セカンドオピニオンとしてその主治医に紹介状を書いてもらうか、あるいは直接G先生のところに行くかして、診ていただくのが良いと思います。直接行かれる場合は僕から紹介状を書きましょう。貴重なご意見になると思います。また主治医を決めるに当たってはリハビリのことや緊急の場合のことなども考えて、近さもある程度は考慮された方が良いかと思います。」

130例の髄内腫瘍の手術実績を持つG病院のG先生の診断
 そして2か月後、Aさんはご家族と地方にあるG病院まで泊りで受診に行かれました。
診察の結果、次のようなお話を受けたとのことでした。

「手術をするとほぼ確実に障害がでるでしょう。ただし積極的治療を望まれるなら手術ということになります。しかし手術をしなくても呼吸がだんだん苦しくなって長期間苦しんで死ぬようなことはありません。腫瘍が前後だけでなく上下にも伸びて来ればあり得ますが、今までの経験でお1人だけでした。その方も苦しい時期を長く過ごした訳ではなく、夜寝て朝起きたら亡くなっていたという形でした。」

「今回の病変は頚髄髄内腫瘍で、MRIを詳しく分析した結果、腫瘍の種類は上衣腫です。上衣腫は良性腫瘍ですので基本的に全摘手術によって治りますが、腫瘍の大きさによっては、腫瘍は取れても今より酷い障害が出ることがあります。例えて言うなら“肉まん”と“紅白まんじゅう”と“もなか”を想像していただくと分りやすいかと思います。

具の部分が腫瘍で、外側の皮にあたる部分が正常な脊髄組織だと思ってください。腫瘍は肉まんが一番取り除きやすく、取り除いた後も外側は厚いので潰れることはありません。しかし、紅白まんじゅう、もなかへと行くに従って腫瘍は取り除きにくくなります。

それだけではありません。もなかの中のあんこを取り除くと、外側の皮は薄いので内側に簡単に潰れてしまいますよね。それと同じように、もなかの中のあんこの状態にまで髄内腫瘍が大きくなり、周りに押しやられた正常脊髄がもなかの皮のように薄くなってしまっている場合は、腫瘍は取り除けたとしても、薄くなっている外側の正常な脊髄はボロッと壊れてしまい、間違いなく障害が出ます。Aさんの場合は腫瘍が巨大で、残念ながらもなかの状態です。」

「しかし、17年前から症状が出ているということは、少なくともそれだけの年月をかけて腫瘍が現在の大きさまで成長してきたということであって、これから急に大きさを増す訳ではありません。あとどのくらいで障害が出て来るのかは分りませんが、仮に5~6年として、もう腫瘍のことは忘れて生きて行かれたら良いのではないでしょうか。

この先症状がさらに強くなってきたりしたら、いつでも連絡ください。手術をするなら、手術とリハビリが一緒に行える病院で手術をしてあげますから。大学病院などでは手術後2週間程度で退院させられて別の病院に転院してリハビリをすることになってしまいますが、たとえば九州にある病院など、同じ所でリハビリができる施設もありますので。」

「ただ、持ってきていただいたこのC公立病院のMRIですが、申し訳ないですが素人です。肝心な“脊髄のセンター(中心管)”を写す撮り方をしていないので、MRIを見ただけで素人だということが分ります。この病院はやめた方が良いと思います。」

「これからは腫瘍のことは忘れて生きていかれたらどうかと申しましたが、それでも、転んだり、首に急激な負担をかけたりすることだけはしないように気を付けてください。それさえしなければ、今はまだ歩けるのだから、旅行に行くなり食事に行くなり、人生を楽しんで生きていかれたら良いのではないでしょうか。」

Aさんご本人も、ご家族も、僕に「遠くまで行ってG先生を受診して本当に良かった」とおっしゃいました。そしてAさんはとてもすがすがしいお顔で、「G先生の言う通り、これから旅行にもどんどん行くつもりです」とおっしゃいました。

それからAさんは、翌年もG先生の所に行って病状の進行度をチェックしていただき、その後はC公立病院のC先生が異動になった後に着任した別の脳神経外科医に、半年ごとにMRI検査を含めた経過観察を続けていただくことにされました。

とがき
 Aさんと関わらせていただいて、僕はたくさんのことを学ばせていただきました。
その中から3つのことを書いておきます。

①「医師と患者の信頼関係の重要性」
Aさんは、僕が初めに紹介したB先生を含めると結局6人の脳神経外科専門医のオピニオンを聞くことになった訳ですが、そのうちのD,E,F,Gの4人の先生方は、先程申しあげた通り脳神経外科学会でも全国的に名の通った指導的立場の専門医でした。
しかし、Aさんの病気が大変希少なものであったこともあり、「頚髄髄内腫瘍であろう」というところでは全員一致していたものの、「腫瘍の種類」や「治療法」に関しては、4人が4人とも結論が異なっていました。

D先生はとにかく速やかな手術を強く勧めました。

E先生は多発性硬化症でないことを確認したのちに速やかに手術することを勧めました。

F先生は「治療法はなく、真綿で首を絞められるようにだんだん呼吸困難になって死亡する」と告げました。

G先生は「手術はできるが間違いなく障害が出るので勧めない。今後障害が出て来てしまってどうしても困った時に手術をしてあげる。それまで人生を楽しんだらどうか。」と提案しました。

Aさんは最後のG先生の意見を選択しました。それはやはりG先生に対する信頼が生まれたからなのではないかと思います。

そしてG先生の診断が正しかったとすれば、D・E両先生の言うままに手術をしていたら、手術後のベッドでそのまま寝たきりの状態になるなど、重度の障害が出ていた可能性が高かったということになります。

またG先生のお話を聞くことなくF先生の言ったことを信じてしまっていたら、「いつか呼吸がだんだん苦しくなって長い間苦しみながら死ぬ」という恐怖に怯えながら余生を過ごさなくてはならなくなっていました。

結局どの専門医の意見が正しかったのかは、次回のお話の中でお伝えしたいと思いますが、やはり僕は、患者さんご自身が信頼できる医師にかかることがとても重要だなと感じました。

「問診と身体所見という最もプライマリーな診察。その時間が確保できる仕組みの必要性」

 Aさんはこれまで16年間、様々な医療機関でこの症状を診てもらってきていました。

しかし内科に行けば心電図を取られ、整形外科に行けば頚椎のレントゲンを撮られ、脳神経外科に行けば脳のMRIを撮られ、いずれも「異常なし」として帰されてしまっていました。

しかしAさんに必要だったのは「頚椎のMRI検査」でした。それでしかAさんの頚髄髄内腫瘍は発見できないからです。

頚椎MRI検査にたどり着いたのは、「脳あるいは脊髄、どちらかの中枢神経に障害が存在する可能性がある」ということをこちらで病態推論させていただき、その推論にB先生にご同感いただいたからなのですが、その根拠となったのは問診と身体所見の結果でした。

しかしその病態推論に至るために僕の方では1時間の診察時間が必要でした。

後に診ていただいた超専門医の脳神経外科医の先生たちも、Aさんに対して1時間以上の時間をかけて診察を行われました。これは逆に言えば、髄内腫瘍だと分っていれば、専門医でもみなさんこのくらいの時間をかけて診察されるということを示しています。

どの患者さんにもこの長時間の診察が必要だとは考えませんが、少なくともAさんにとっては絶対に必要でした。

必要な患者さんにこの長時間の診察時間をかけることが可能となるような医療の仕組みを何とかして作り直すか、今の仕組みのままで行き、そういう患者さんには残念ながら命を諦めてもらうことにするか、どちらを選ぶかは社会が決めることだと思っています。

僕としては、何とかして必要な問診と身体所見を取る時間が確保できるような医療の仕組みを作っていただきたいと願っています。

また急がば回れと言うように、一見コストがかかりそうに見えても、そこをしっかりさせることが誤診の減少へと繋がり、結局は医療経済的にも望ましい結果をもたらしてくれるのではないかと考えています。

実際、Aさんが当院に来るまでの16年間に、この同じ症状を診てもらいに受診した数多くの医療機関で発生した医療費は、残念ながらすべてAさんの疾患の発見に役に立つことはありませんでした。

③問診と身体所見のスキル向上の重要性

 今の医療報酬制度や、生涯教育を含めた医学教育、あるいは医師数や人員配置などの仕組みの中では、医師が問診と身体所見に時間をかけることは現実的には大変困難です。

そうすると必然的に医療者はベッドサイドの診察にかける時間が少なくなりますから、そちらをそこそこに画像検査などに頼る形となり、日々の業務を通した問診と身体所見のスキルの向上は難しくなってしまいます。

中でも神経学的検査は時間を要するので、行わない医療者が現実に増えています。
これに限っては毎日行い続けるのでなくては、異常かそうでないかの評価力が付いていきません。

例えばトレムナー反射は非常に基本的なテストで、中枢神経障害の有無を調べるには不可欠なテストの一つですが、「自分はトレムナー反射を診たことがないです」と言う脳神経外科医に実際に会ったこともあります

その脳神経外科医は「結局MRIを撮れば良いので」とおっしゃったのですが、それでは今回Aさんを見落とした脳神経外科と同じ過ち犯してしまう可能性があろうかと思います。

今回のケースで、仮に問診後にトレムナー反射などの身体所見は取らずに、脳だけでなく頚椎のMRIもオーダーしたというのであれば、見落とさなかったということにはなりますが、おそらくそういう選択には至らなかったのではないかと思います。

以下、少々専門的な話になってしまいますが…。
そもそもAさんは問診で「左胸がしびれた」と初めに訴えてきました。しかしその後、しびれの領域を根掘り葉掘り詳しく聞いて初めて、左上肢と左下肢にも軽いしびれが来たということを明かしました。

もしそこまで詳しく問診することをせずに、「左胸のしびれ」について調べる目的でMRIをオーダーするのであれば、「胸椎のMRI」が第1選択になっていたはずかと思います。胸部の末梢神経支配は胸椎レベルの神経支配だからです。

しかし今回はトレムナー反射を調べて「左のみ陽性」という結果を得たことで、末梢神経障害でなく中枢神経障害が強く疑われること、そしてトレムナー反射は胸髄障害では出現せず、脊髄障害に由来するのであれば頚髄障害でしか出現しませんから、撮るとしたら「胸椎MRI」でなく「頚椎MRI」を撮らなければいけないという検査方針が、初めて導かれた訳です。

つまり簡単な問診のみ行って身体所見を取らずにいきなり画像検査をオーダーするのだとすれば、前述の通り頚椎MRIは第1選択にはおそらくなりませんから、Aさんの頚髄腫瘍は見落とされていた公算が高いかと思われます。
それでも画像検査のみでスクリーニングしようとするのであれば、今回のような訴えをする患者さんに対しては全員の患者さんに、「脳と頚椎と胸椎の3種類のMRI」をすべてオーダーしなければならないことになり、医療費は数倍かかります。

それは医療経済の面からも、患者さんを含めた関係者に求められることになる労力の面からも、適切な選択とは言い難いかと思います。
そういうことからやはり、「問診と身体所見をないがしろにするべきではない」と僕は思うのですよね。

AIを活用した問診システムの開発にも注目が集まっているようですが、個人的にはまだまだ難しいのではないかなぁと感じています。

問診というのは、質問に対する回答を単にテキスト入力して解析すれば得られる情報だけから成り立っているものではないからです。

僕たち人間が人間を問診する際には、言葉からの情報だけではなく、患者さんの視線の動きや息遣い、声のトーンの変化などなど、言葉以外の情報を総合して、評価し、判断し、次の質問を組み立てていくという工程をその場で行い続けることで、見つけ出すべき結論に至ろうとする努力を行っており、そうして初めて問診という行為は成り立っています。

AIがそこまでの非言語的情報を処理する能力を身に付けた暁には、問診をすべて任せて大丈夫という状態になる日が来るのかもしれないと思いますし、大変夢のある話だなとは思いますが、それにはAIが「人間と同じもの」になることが必要なのですよね。

すなわち目の前の相手の感情や心の動きまで察知しつつ、人間と同じように対面でのやり取りから、言語以外のものを含めた様々な情報を得ることができるようになることが必要で、僕が知る限りまだそこまでAIは進化していないのではないかなと感じています。

最後に

 Aさんに対してはその後、腰痛などの施術と並行して、こちらでも短いタームで定期的に神経学的検査を行い、変化があった時にすぐに主治医に報告できるような体制を取って対応しました。

拝見する神経学的所見も初診時より大幅に増やし、温度覚・痛覚・振動覚・位置覚などを評価するブラウンセカール所見という脊髄半側障害に特徴的な所見や、その他の所見も追加して経過観察を続けました。その内容は少々専門的になり過ぎて紙面を要するので、次回かまたいつか別の機会にお話ししたいと思います。

そしてそれから約2年後。
Aさんを大変な緊急事態が襲いました。
その一部始終については、次回報告することにしたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回も頑張って書きますね!
どうかお楽しみに!

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