『接骨院の診察室』 第1回

問診中に突然目の前で患者さんが倒れたら。
医療に関わる私達はこの瞬間を必ずいつか経験します。

数年先か、明日か。それは分かりません。
その時の準備はできていますか?

2022年1月14日午前11時30分。
問診を始めた3分後にそれは起こりました。

患者Aさんは60代女性。
大分昔から、何かあれば当院を利用してくださっていました。

今回は右肩関節を痛めたとの事。
元々は1月7日に予約を入れられていたのですが、

当日「体調が悪い」との事でキャンセルされ、1週間後のこの日に再度予約されたのでした。
午前11時30分、僕はAさんを診察室にお呼びしました。

Aさんはいつもと違って疲れているご様子でした。
診察ベッドに腰かけたAさんは、右肩の診察を始めようと思っていた僕に、
こう切り出しました。

「1月7日の朝7時頃ね。雪かきをしていて、ちり取りで取ろうと思って、頭を少し下げた時に、急に頭が痛くなったの。」

Aさんの言葉を聞きながらそのままカルテに書いていた僕は、これを聞いた瞬間にグッと自分の心拍数が上がるのを感じました。

「どんなふうに?」
「頭を針金で…たくさんの針金で刺されたような感じで。」

「針金で?」
「そう。針金で。バーッ!!!!って。」

ここで僕は明確に意識しました。

「大変だ。くも膜下出血の可能性がある、いやくも膜下出血に違いない。」

これは、「マイナーリーク」で見られる頭痛の発症様式です。「突発ピーク型頭痛」です。脳動脈瘤が破裂したもののすぐに一旦止血したために微小出血で終わった時の症状です。頭痛が始まった時にどんな動作をしていたか特定出来るくらい突然に頭痛が出現して一瞬にしてピークに達する頭痛の起こり方です。通常の頭痛では決して起こり得ない起こり方です。

どんなに酷い片頭痛でも、痛みがピークに達するまでに「最低10分」はかかります。

痛みの強さ自体がどうかは関係ありません。「起こり方」が重要なのです。

症状が軽いマイナーリークもれっきとしたくも膜下出血です。そして再破裂する確率が高く、その場合の致死率は非常に高いものです。

更に緊張度は上がり、救急車を呼ぶ想定をしながら続けて聞きました。

「気は失わなかった?」
「うん、それは大丈夫だった。」

「どのくらい続いたの?」
「う~ん…その夜くらいまでかしら…」

その言葉をカルテに書き留めている時。
Aさんはふいに咳をしました。

次の瞬間、僕の視界の隅には、頭を膝の辺りまで下げて自分の頭か足を触る、あるいは屈んで頭を抱え込むかのような動作をするAさんの姿が映りました。

と思った直後。

Aさんは突然ものすごい勢いで後ろに反り返り、ベッドを横切る形でバーンと仰向けにひっくり返りました。

顔が一瞬にして変わっていました。

目は半開きで一点を凝視し、完全に無表情。皮膚は一瞬にして土気色になっていました。

診察開始から3分弱の出来事でした。
僕はものすごく驚きました。

「Aさん!Aさん!大丈夫!?Aさん!」と、Aさんの体をベッドに真っ直ぐにしつつ、 Aさんの目の前で僕自身の顔を左右に振りながら大声で声を掛けました。

Aさんが呼びかけに答えず、眼球が動かず、完全に意識消失しているのを確認した僕は、

咳をした瞬間に、頭蓋内圧亢進(脳の圧力が上がること)をきたし、それが引き金で「たった今脳動脈瘤が破裂したこと」を確信しました。

Aさんは「頭が痛い」と訴えて倒れた訳ではありませんでした。何も言わず突然ひっくり返りました。しかし、1週間前の頭痛はくも膜下出血のマイナーリークに違いないと考えられました。

これはセカンドアタックだ。間違いない。

「救急車!!!救急車!!!くも膜下出血だ!!くも膜下出血!!!」

大声でスタッフに119番通報の指示を出すと同時に、Aさんの口元に顔を寄せて呼吸を確認。

11時33分でした。

数秒して軽いいびきをかき始めたのを聞いて、おおよその回数から「呼吸正常」と判断。

橈骨動脈の拍動を確認し、「脈拍正常」と判断。

通常ならこのまま気道確保するのですが、今は頭部を動かさない方が良いと考え、AEDも使う必要はなく、このままの状態で呼吸と脈拍の観察をすると判断。

ここまでした所で、119番通報を指示したスタッフの電話が、向こうから色々聞かれているようでまだ終わってないのを見た僕は、電話を代わるようスタッフに指示。

「呼吸と脈拍観察してて!」

スタッフにはAさんの観察を任せ、電話を代わり僕から状況を再度伝達。

「〇歳女性。1月7日朝7時頃、雪かきをしていてちり取りで取ろうと頭を下げた瞬間、突発ピーク型頭痛が発生。その事を今問診している最中、咳をした次の瞬間に、後方にひっくり返って意識消失。呼吸、心拍異常なし。7日に発生した頭痛がマイナーリークで、たった今、その脳動脈瘤が再破裂してくも膜下出血を起こしたものと考えられます。間違いありません。直ちに脳動脈瘤のクリッピング術が出来る病院の脳神経外科に搬送してください!」

~続く

患者様カルテ - ニコニコ接骨院 院長 酒田 達臣
コメントは利用できません。

鍼灸や柔整情報のポータルサイト

無料登録はこちら